道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
川端康成 『伊豆の踊子』
おすすめ度
おもしろさ ★★★★★
読みやすさ ★★★★★
*「おもしろさ」は僕の独断と偏見による評価です。
「読みやすさ」は文体や必要な予備知識、本文の長さなどから評価しています。
*先に「【日本文学のすゝめ】#1」の記事を読むことをおすすめします。
読みやすさ、おもしろさを兼ね備えた名作
著者の川端康成は『雪国』でノーベル文学賞にも輝いているスーパー有名な方です。
今回『雪国』を差し置いて『伊豆の踊子』を紹介する理由は二つ
『雪国』よりも読みやすいから
僕が近代文学の中で最初に読んだ作品で、大好きな作品だから
『雪国』は難しい
実は、『雪国』という作品は専門家も手を焼くほど明確な解釈を施すのは難しい作品です。このブログでは日本文学を読むとっかかりを掴んでほしいのでここでは紹介しないことにしました。興味ある方は是非読んでみてください。特に、ラストは衝撃です。絶対驚きます。茫然とします。
『伊豆の踊子』への思い入れ
さっき書いた通り、『伊豆の踊子』は僕が「よしっ!文学を読むぞっ!読むぞっ!うっしゃ!」と若干空回りしていた時期に読んだ作品で、
「めちゃくちゃ面白いし読みやすいやん!食わず嫌いしてて損した!」と思わされた作品なのです
踊子への淡い恋心がたまらない
主人公である旧制高校生(二十歳)は、伊豆への一人旅に出掛け、旅芸人の一団と出会います。その中の踊子に心惹かれ、近づくような、離れるような、淡い恋心を描いた作品です。わかるようでわからない二人の心境がもどかしくも堪りません。
ところで、当時の芸人というのはあまり良い身分ではありません。お客に呼ばれては座敷に上がり芸をしてお客と遊んで世を明かす。どんな遊びをしていたのかは知りませんが。
主人公はある晩、どんちゃん騒ぎの音を聞き、近くの宿屋に旅芸人の一団が呼ばれていることに気が付きます。踊子の担当は太鼓。少し内容を見てみましょう。
私は神経を尖らせて、いつまでも戸を開けたままじっと座っていた。太鼓の音が聞える度に胸がほうと明るんだ。
「ああ、踊子はまだ宴席に座っていたのだ。座って太鼓を打っているのだ」
太鼓が止むとたまらなかった。雨の音の底に私は沈みこんでしまった。
(中略)この静けさが何であるかを闇を通して見ようとした。踊子の今夜が汚れるのであろうかと悩ましかった。
情けない!情けないぞ主人公!でも、気持ちはわかるぞ!
ちなみに、川端康成自身が、己の生きる道に悩んだとき、伊豆を旅したことがありました。『伊豆の踊子』の主人公は川端康成本人をもとにしていると考えられています。
「新感覚派」の新感覚とは
みなさんが学校で「新感覚派」を習ったとき、思いませんでしたか?
何が新感覚なの?
例えば、以前夏目漱石の『三四郎』を紹介したときに、近代文学では西洋の個人主義に基づき、「自分の意志とはなんなのか」ということを悶々と考えていた、と説明しました。
しかし、川端康成や横光利一などの「新感覚派」は擬人法を積極的に用いました。
「個人とは何か。」「人間とは何か。」を大きなテーマとする時代において、擬人法を用い無生物を人間と同等に扱うことは新鮮(新感覚)以外の何物でもありません。
とはいえ、現代では擬人法も非常に一般的。様々な切り口の小説が流通していて、それらに親しんでいる私たちからすると新感覚派の新感覚の真髄を掴むのは難しいのかもしれません。
それに関連してもう一つ。
新感覚派の作品は現代の小説と繋がるものがあり、非常に読みやすいです。よって、教科書に載っている文豪の名作を読んでみたい、という方にとって非常にとっかかりやすいと思います。
一方で、先ほども言ったように、新感覚派の新感覚たる所以は掴みにくく、それを掴むにはそれまでの文学の流れや雰囲気を一通り学ぶしかありません。従ってガチンコで文学を読んでみたい方はもう少し古いものから、できれば年代順に読んでいくことをお勧めします。(【日本文学のすゝめ】は年代順に紹介しています)
芸術を求めて
谷崎純一郎『刺青』を紹介したとき、耽美派は現実社会の闇を取り上げる自然主義を対抗し、文学と芸術を引きはがし文学の芸術性を高めるために熱くなったとお話ししました。
その点は新感覚派も同じです。前回紹介した『蟹工船』など、労働問題を取り上げ文学の世界に社会主義を取り込んだプロレタリア文学派に対抗し、純粋な芸術としての価値を高めようとしたのが新感覚派です。
彼らの熱意を、その目で確かめてください。
【日本文学のすゝめ】 #2 夏目漱石『三四郎』 - 楽 books -大学生の書評ブログ-
【日本文学のすゝめ】 #4 谷崎純一郎 『刺青』 - 楽 books -大学生の書評ブログ-
【日本文学のすゝめ】#6 小林多喜二 『蟹工船』 - 楽 books -大学生の書評ブログ-